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2010年4月 9日 (金)

当分の間、更新を停止します

今年に入って一度も更新をしていなかった。

久しぶりの更新だが、今後当分の間このブログの更新は停止しようと思う。

いつ再開できるかはわからない。

3日後かもしれないし、3年後かもしれない。

2009年12月31日 (木)

紅白歌合戦

今年も独りで大晦日を迎えた。

飛び込みの仕事が入ったため、昨日の午前中まで仕事だった。

昨日は、そのあと仕事場のすす払いをして簡単な正月飾りをした。

それから自宅に戻って自宅の正月飾り。

そして、夜は友人と2人で忘年会。

焼肉の食べ放題に行った。

焼肉屋は一人では入りにくい。

だから焼肉を食べたのも本当に久しぶりだった。

友人は独り暮らしの私を気遣ってくれて、毎年2人きりの忘年会に誘ってくれる。

奥さんがつくったお餅も持ってきてくれた。

本当に、私は良い友人がいて幸せだ。

今日は大晦日。

今日からようやく仕事は休み。

今日は誰とも会わず、お酒や食料品の買出しに走り回っていた。

スーパーで予約していたおせち料理も受け取ってきた。

独りで生きていると、お雑煮もおせち料理もないと、お正月といっても普段の休日と何も変わりなく過ぎて行く。

だから毎年、おせち料理を買っている。

今は紅白歌合戦を観ているのだが、おそらくそのうちコタツで転寝をしてしまうだろう。

これも毎年同じパターンだ。

紅白歌合戦は「大晦日の風物詩」という人がいるが、私は少し違う感覚でとらえている。

紅白歌合戦は、大晦日の風物詩というより「家族の風物詩」なのだ。

独立して一人暮らしをしていても、大晦日には家に帰り家族揃ってみるもの。

それが紅白歌合戦なのだ。

若い頃は、友人や恋人と観ることもあるかもしれない。

だが、独りで観るものではない。

独りで紅白歌合戦を見ていると、何か切なくなってくる。

だから、最後まで観ていられなくて途中で無理やり転寝をしてしまうのだ。

今夜もおそらくそうなるだろう。

2009年12月25日 (金)

クリスマス 1

クリスマス。

結婚してからのクリスマスは大変だった。

元妻の喜ぶプレゼント探しに奔走した。

子供が生まれてからはもっと大変だった。

サンタさんなんて本当はいない。

サンタさんの正体は父親だ。

だが、私は子供に夢を持ってほしかった。

夢のある子供に育ってほしかった。

サンタクロースは本当にいるのだ、良い子にしていたらサンタさんがプレゼントを持ってきてくれるのだ、と信じる子供になってほしかった。

いつかは事実がバレることはわかっていたが、それでも少しでも長い間夢を持ち続けていてほしかった。

だから毎年、こっそりと子供達のほしがっているものを探し、仕事が終わったあとそれを探し回り。

そして、クリスマスイヴの夜、疲れ果てた体を布団に横たえ、隣の部屋で寝ている子供たちが寝入るのをじっと待った。

ちょっとでも気を許せば、私が先に寝てしまいそうだった。

だが、それでは何もならない。

頬っぺたをつねり、前歯で唇を噛み、子供たちより先に寝てしまわないようにじっと我慢した。

そして、真夜中、3時頃だっただろうか、子供たちが完全に熟睡した頃に起き出し、足音と息を殺して子供達の部屋に入り、彼らの枕元や机の上にプレゼントを置いた。

ある年長女が、サンタさんからはプレゼントだけで手紙(クリスマスカード)がこない、と言った。

そろそろ、長女もサンタクロースの存在に疑問を持ち始めてきた頃だったと思う。

私は、職場の同僚にクリスマスカードを書いてもらった。

自分の字だとバレてしまうかも知れないから。

そして、そ知らぬ顔で真夜中にプレゼントと一緒にクリマスカードを置いた。

翌日が休日のこともあった。

翌日も朝早くから仕事のこともあった。

正直、しんどかった。

クリスマスが近づくと、プレゼントの選定と睡眠不足でクタクタだった。

だが、子供達の喜ぶ顔はそんな疲れをすべて吹き飛ばしてくれた。

子供たちもいつか結婚し、子を持つだろう。

その時には私の気持ちを少しでもわかってくれるのだろうか…

父の3回目の命日

あれからもう3年もの月日が流れた。

今年も私独りで父の命日の供養をした。

だが、どこか遠くの空の下で、娘と息子が祖父の冥福を祈ってくれていると信じたい…

2009年12月20日 (日)

墓参り

今日は箕面までお墓参りに行ってきた。

24日に父の3回目の命日を控えたお参り。

非業の死を遂げた父のお墓にお参りをしてくれる人も、私以外には誰もいない。

箕面の山頂は風が強くて寒かった。

おまけに昨日から車のヒーターが故障していて、行き帰りの道中まで寒かった。

だが、今年もこうしてお墓参りができてよかった。

いつまでこうしてお参りができるだろうか。

私が死んだあと、あのお墓にお参りをしてくれる人はいるのだろうか。

長年暮らした阿倍野から箕面に引っ越した時、父が建立したお墓。

霊園とは永代管理の契約を結んである。

父はきっと、この墓が子々孫々まで受け継がれていくことを夢見ていたのだろう…

そこが、この家系の新たなルーツとなることを。

だが、家系は私で途絶える…

何とかしなければならない。

父の死を無駄にしないためにも。

だが、いったいどうすれば良いのだ…

2009年11月23日 (月)

2006年の誕生日

3年前。

48歳の誕生日。

その年に家族を失った私は一人で誕生日を迎えた。

いや、一人ではない。父がいた。

その日はちょうど日曜日で休日だった。

1日中、居間でぼんやりしていると夕方に父がやってきて、

「今日、誕生日やったな?」

「うん。」

「おめでとう。 さ、今日はこれで何かおいしいもんでも食べてこいよ。」

父はそういって、いつものポチ袋に入った1万円札を渡してくれた。

だが、おいしいものを食べに行くといっても一人でいったいどこへ行けば良いのだ。

どこへ行っても何を食べても一人では何もおいしくない。

まして日曜日の夜。

どこへ行っても家族連れであふれている。

結局、私はスーパーで少し豪華なお惣菜とケーキを買って帰って来た。

帰宅すると、父が玄関まで出てきて、

「えらい早かったな? おいしいもん食べてきたか?」

「一人で行ってもしゃーないし、スーパーでおかずとケーキ買うてきた。」

「…… そうか…、かわいそうにのう …」

父はそう言って自室に戻っていった。

それから、私が台所で買ってきたご飯を食べていると、ドカドカと大きな音をたてて父がやってきた。

父は台所の扉をバンと開けて一歩中に入ると、こう言った。

「蜃気郎! 負けんなよ! こんなことで負けんなよ!」

父の目からは涙があふれ、両手のこぶしは固く握り締められて、足はガクガク震えていた。

父はしばらくその姿のまま仁王立ちをしていたが、またドカドカと音をたてて自室に戻っていった。

―― その2ヵ月後、父は自らその命を絶った。

                                                                                                                                                                                                                                 

2009年11月22日 (日)

誕生日から1ヶ月

誕生日から1ヶ月が過ぎた。

ここ数年、誕生日の前後は毎年憂鬱な気分になるのだが、今年はそれが特にひどかった。

思い出すのは3年前。

2006年の誕生日のこと。

あの日の出来事がフラッシュバックして、頭が、いや心がパニックになる。

おそらく、これは死ぬまで続くのだろう。

2009年10月22日 (木)

誕生日

今日は私の誕生日。

51歳になった。

もう慣れっこになってしまったひとりケーキ。

それでも、ケーキもなしだと他の日と全く変わりない1日になってしまう。

スーパーで売っているケーキは2個で1パック。

昼に1個、夜に1個食べる。

いつもチーズケーキだ。

一昨年の今日、私は生まれて初めて誰からもお祝いの言葉がない誕生日を迎えた。

49歳の誕生日だった。

だが、今年は数名の友人からバースデー・メールが届いた。

本当に嬉しいことだ。

家族をすべて失った私にとって、友人はかけがえのないものだ。

いつも私のことを気遣ってくれている友人たちに、心から感謝したいと思う。

2009年10月20日 (火)

加藤和彦氏の死

加藤和彦氏が亡くなった。

10月17日の土曜日、軽井沢のホテルで首を吊って自らの命を絶った。

遺体は、親族ではなく「知人」が引き取りにいったそうだ。

享年62歳。

うつ病で通院中だったらしい。

まるで私の10年後を見せ付けられたような思いだ。

あまりの衝撃に、今は何も書けない…

後日改めて、私の思いを綴りたいと思う…

2009年10月18日 (日)

研修会議

明日(いやもう今日か)は同業者の研修会議がある。

今回は私が幹事になっているので、うちで会議が行われる。

そのため、今日(昨日)はその準備でドタバタだった。

会場設営、飲み物やお菓子の買出し、レジュメの作成、そして会議後の親睦会(飲み会)の会場やコースの手配。

とりあえず、一通りの準備は終わった。

ここ数年、諸般の事情で私は持ち回りの幹事を免除してもらっていた。

だが、いつまでもそういうわけにも行かず、今回は幹事を引き受けることになったのだ。

以前に1度だけ幹事をした事があるが、その時は寝屋川の貸し会議室を借りたので、準備も簡単だった。

親睦会も、寝屋川駅近くの居酒屋に飛び込みで行った。

だが、今回はそういうわけには行かない。

とりあえず、明日の会議を有意義に、親睦会を円満に行えるようにがんばろう。

そんなこんなで、今週末は休み無しだ。

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